魔王が喜ぶ多様化なのか、視野を広げる上での多様化という価値の利用なのか?

仏教用語では、魔王は、仏教の修業を行う道を邪魔する物。得体のしれない物、などと意味づけしているそうです。別に、仏教に詳しい訳で無いから、どこまで正解なのか、それは、分からない。でも、そんな物だろうと、あたし個人は理解しています。

デジタル庁が出来ても、監視資本主義社会が、その完成度を上げる事はあれ、その道が変わる事は無いと思います。

個人情報を自分の意志で紹介するから、大した影響はないだろうという、高を括る事が出来るかも知れない。実際、個人情報が自らを傷つける方向で、利用される事は無いでしょう。むしろ、操るという側面が強くなる。この視点が、忘れられている。ここが厄介な事のような気がしています。

嫌な例えをします。

GAFAやインターネットを止める事は、アタシは今の仕事上、出来やしない。でも、併せてサービスが提供される情報は、もしかしたらテレビを視聴している様に自らの嗜好に合わせるが如くネットを介し送られても来る。”なるほど、便利になった”と思う反面、これは購買意欲が促進させられるなっと、感心したりもする。

これが、操る上の初級編となるのかもしれない。嫌、サービスを常に提供できる土壌があるから、アタシは悩まずアタシの求める何かが得られると、喜びを覚えるのかもしれない。

繰り返しになりますが、監視資本主義、これが完成すればするほど、嫌らしくなる気がします。同時に、監視資本主義の完成への歩みが遅くなる事があれど、完成に行き着かないという事は無いのでしょう。どうあれ、企業レベルのみならず、政府レベルでの情報監視も、やはり進む事になるのだろうなって、良し悪しという価値は別に、受け止めるようにもなっています。

スマートシティー構想などという言葉を耳にする事があります。漠然と、個人としては「フゥーン、便利になるみたいね。」と、受け止めていますが、これは間違い無く政府が監視する事を意味するのだろうなって想像したりもします。政府監視が無ければ、スマートシティーの安全は担保されないのだろうなって、勝手に思い込んでもいます。

そして、悪夢という側面に近づく事があれ、善に向かう事は厳しいと、個人のあたしは思うようにしています。では、ここでいう善は何なのか?ここが、一つ課題なのでしょう。悪夢という方は、見本があるから分かりやすい。勝手にそう思っています。海を隔てた国を見ると、想像しやすい気もします。

でも、忘れてはいけない事は、多様化、そして、これにて個性が発揮できるというムーブメントをどのように捉えるかなのだと、思ってもいます。

文明が高度になって行くという道の過程には、もしかしたら、今まではこぼれる事など無かった項目がこぼれる可能性がある。ここに大事な何かがあるのかなって、思うようにもなっています。

では、何がこぼれるのか?

そこに、盲点があるのかもしれません。

 

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