こんにちわ。葛藤と、あなたは、どう対峙していますか。私は、どうやら心の旅をしている最中です。

葛藤が趣味になり始めている丸幸です。変なご挨拶でごめんなさい。

元々、院長の診療スタイルの変化を紹介するのが、今回の趣旨でした。だから、私は張り切って院長にインタビューする予定でした。それが、いつの間にか何故か私が責められている感覚を覚えています。違う。これでは、私が何を表現したいのか、まるで見えない。素人であれ、任されている以上、何とか収束させたい。どうすれば良いのでしょう。それよりも、どうしましょう。一人葛藤をしつつも、まずは、続けたく思います。宜しくお願いします。

整理をします。院長の考え方の変化から、何かを掴もうとした私でした。ところが、私が何かを掴むよりも、何時しか、私自身が何かに晒されている感覚を持つに至ります。もしかしたら、葛藤という鎧を私が既に着ているのに、私自身が着ている事に気が付いていない。その事を知ったからでしょうか。そして、皮肉にもあえて避けている事を気付かされそうになっている。これを、今の私は受け入れる気がない。そうなのでしょうか。

ですが、院長は、既に見透かしている。そうなのでしょうか。更に言えば、なんで、ここまで、この”葛藤”という言葉に、私はムキになっているのでしょう。ムキになっていなければ、さらっと受け流すでしょうに。こんな事を思います。同時に、考えます。院長は私に何かを伝えたいのだろうか。

唐突な展開に、私が戸惑っているのは事実です。彼は、私に対して質問をする、考えているかと。私の中では、分からない、今はこの言葉ぐらいしか浮かび上がらない。ただ、分からないままでいるのは、私は嫌だ。これだけは、はっきりと分かります。私の中で釈然としない感覚でいる事を、そろそろ止めようと思い立ちます。

そこで、更にもう一度、何を考えたら良いか、具体案もありません。ですので、今一度、自分なりに整理をしてみよう。私は、そんな風に考え治します。さて、私が、思いついた事と言えば、まずは、自分を見つめなおす、そんな作業でした。私は、仕事に関しては、こんな事を、普段、考えています。多分、こんな風に捉えています。(下段)

《もっと出来るようになりたい。》《一度渡された仕事は手放したくない。》《今のままの状態でいたい。》《上手く運びたい》《上手く、纏めていきたい。》

 

こんな口元が初診になります

模型におこすと、こう見える。

この考え方や捉え方で仕事に取り組んでいる私に対し、何故、葛藤が私の趣味と院長は、思わせぶりの話をされるのでしょう?いえ、もしかしたら、一人で自縄自縛に陥っているのでしょうか?私は、妙に自信を無くします。この解決に、今の私に出来る事などあるのでしょうか?

自らに内面に生じる葛藤に対し、私は考えを持っているのでしょうか。これを、院長は問いかけたいのでしょうか。そもそも、葛藤に対し考えを持つ、これは一体何を意味するのでしょう。私には分かりません。

葛藤が生じたら、私の場合、大抵、物事に手が付かず、心ここにあらずという状態に陥るようです。それを、院長から見透かされているように感じる時もあります。その状態に陥ると、確かに私の場合、始末が悪い。心当りもあります。本人がこのように振り返れる分けですから。おそらく、何かとおちゃらけながらも、院長は私に伝えたい物があるのでしょうか。まさか⁉

そもそも、葛藤が始まったら、気が晴れるまで悶々とする以外、方法がないと私は思います。或いは、気が晴れるまでは行かないまでも、せめて自分の気持ちが落ち着くまで葛藤を続けるしかない。或いは、飽きるまで葛藤を続けると言えば良いでしょうか。

他の方法を紹介するとすれば、別の事に集中せざるを得ない状況に自らを置いて、私が葛藤をしていたこと自体を忘れる展開にする。そして、忘れる事を待つ。これぐらいしか、私には手立てがありません。違うのでしょうか。それとも、別の考え方や捉え方があると院長は言いたいのでしょうか。そんな事って、あるの。本当?私には、分からない。

ただ、今の所、私は方法を羅列しているだけです。そして、院長は私の持つ方法について、一切否定をしていない事。ここは、理解できましたし気付きました。同時に、彼は、考え方や捉え方を聞いているだけと、あらためて確認します。この事実を見つめ治せた事は、今の私には大きい。そんな気がします。

そんな今の私であっても、一つだけ知っている事がある。このメンタルに陥った際、確かに私は自業自得と言いたい状態に嵌る、或いは嵌る経験を多く持っている。すると、その瞬間か、その後、院長から厳しい言葉を貰う結果になる。毎回という訳ではないとしても、その経験は多い。何故だろう。しかも、そうならないように注意をしている物の、結構、私はこれを繰り返す。つくづく嫌になります。

凹みかける私に対し、院長は、夏目漱石の小説【草枕】の名文を探しなさいと言われる。

〔智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とにかく人の世は住みにくい。〕

うーん、意味を取るとすれば、こんな感じなのだろうか。葛藤が始まる時、正に私の行動を気を付けないといけない。気を付けていても、こういう状態の時は何故か角は立つし、気を付けているにもかかわらず、流されるままになりやすい。本当に自分としては細心の注意で気を付けているつもりなのに、仕事が捗らなくなる。意地を通してなんとかしようとしても、調子が悪い。そうなると、感情は簡単に結論を導くから、困る事がある。どーせ私が悪いんでしょ。本当に住みにくいし、生きにくい、更には、死にたくなる時もある。そんな繰り返しから、勝手に凹んでいく。

あらま、これじゃ、私その物じゃないの。こんな事を明治の人が既に悩まれていたというならば、本当に私、立つ瀬がないわ。どこかの市町村の行政課では、立つ瀬がある課が存在するそうです。この言葉に対し、自らの心を乗せる方法なのか、手法なのか、考え方なのか。立つ瀬課があるぐらいなのですから、あらためて見つめなおしても良いと、思い直します。しかし、納得をし始めたものの、果たして、そんな物が存在するのでしょうか。私は、少し、興味を持ち始めます。

少し進んで1か月後

何か、私の心の旅になっているようで…。

読んだ方は、どう葛藤と対峙していますか。

もう少し考えてみたく思います。

よろしければ、時々覗いてください。アクセスが増えている事が分かると励みになります。

丸幸 礼子

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