結構、技術と割り切ると広がる世界もあるようで。

ナビゲーターの丸幸礼子です。

大分、スッキリしてきたので、丸幸 優作に戻って院長に対峙した。

何々?何の話??と思った方はこちらを見てください。

「とっつあ~ん。なんでスタイル変えたんだ?」

『時代のニーズと言うのかな?』

「あん?時代にニーズ?」

独特の言い回しで、突っかかてみた。

”仕方ないじゃないか。急性症状の患者が中心の時代はとうに終わってしまったのだから”

「そうなんだ…ですよね。」

私の中の優作は消えた。

急性症状中心の時代を院長は経験している。経験できた、多分、最期の方の世代だろう。

今は違う。これだけは間違いない。

私の知る情報という断りを入れるが痛みをその場で取る事が出来る歯科医が、今風の表現だと、優良歯科医となったのだろう。

目ざいと私が感じる院長の事だ。だから、奴はEndodontics(神経の治療)を専攻したのだろう。

ここまでは推察出来る。

”時代が変わって、どうなるんだろうと見ていたらさ”

院長は続ける。

”接遇で、おもてなしする時代になっている。でも、これって業界誌のメディアベースか。コンサルティング業者の時代の先取りって奴だろう。”

確かにそうかもしれない。

痛くないです。

とか

白い歯にします。

とか

待たせません。

こんな表現ばかり目にする。これは、私も同意できる。そして、そんなものかと勝手に理解をしていた。しかし、院長の感性はどうやら違う。

”おかしくない。君には問題発言と感じるかもしれない。医療は待たせるもの。事実、君、病院行って待たされないって事あるか?”彼は、問いかける。

確かに待たせる。私は、妙に受け入れていた。

”お腹痛いと病院に行ったとする。では、その場でお腹の痛み取れるか?何が原因か探っているよな。”院長は、真剣な眼差しで私の顔を見る。

確かに探る前から、痛くしないからって、先に先生が、病院サイドが宣言すること自体、よくよく考えてみたら、変かもしれない。自然と私は同意をしている。

”事故で顔がぐしゃぐしゃになって、どんな顔になりたいですか?っていきなり聞くか??”

確かに聞かない。まず、損傷の状況把握と確認から入る。

院長は続ける。

”俺は、そんな言葉遊び、ちゃんちゃらおかしくて、違うと思った訳。医療者側だって、当たり前に、迷うし、悩むし、葛藤もするだろう。そこで思ったの。礼で始まり、礼で終わる。この国の文化を大事にしよう。そこらに解があると思ったわけ。ま、考えてごらんよ。”

確かに院長は終わると、患者に頭を下げる。でも、これっておもてなしじゃない。そもそもおもてなしの語源は動詞の「もてなす」。この言葉が丁寧語となり、おもてなしになる。痛みを持ってきた人に、苦しみを持ってこられた人を、もてなしますか?院長にこう問われると、もてなします言うほど、私は愚かではない。全ての人との関係性において『自分主体ではなく相手を主体的に想う考えや行動』、これがホスピタリティの意味になるらしい。話が飛ぶかもしれないが、院内の仲間であれ、社会に対してであれ、もっと言えば自然環境に対してもホスピタリティは使えるのだろう。

私は、彼に言われ、今一度考える。では、日本語で一番ホスピタリティに近い言葉はあるのだろうか?こう考える時、和を持って尊べ。この意味合いを、院長は聞いて来る時がある。この人は何を言いたいのだろうと、いつも私は、訝しく彼を見る。ところが、今回、ふと、思った。『和』という言葉を当て嵌めたら、どうなるのだろう。なぜか、ピーンと来た気がする。『和』を辞書で引くと『互いに相手を大切にし、協力し合う関係にあること』と書かれてた。院内のミィティングの際、和を大事して欲しい。何の意味があるか、私らには意味不明にもかかわらず、明確な言葉”和”を訴える。意味不明と訴える(抗議の方が近い)と、笑いながら返される。

「私たちは言葉の力を信じている」って、重宝しているメディアさんいるじゃない。ある説によると「工作員に告ぐ、自作自演開始、マッチポンプ発動せよ」という事らしいよ。その人らに弄られないようにしない為には、そして、あの人らが大好きな言葉の意味を壊す作業から巻き込まれないようにした上で、尚且つ、国語を守り的確に伝えるには、一文字にした方が良いかなって思ったわけ。ついでに、奴らが好きな「議論が尽くされていない」に持ってこさせない為には、一文字にパワーを渡して表現したいと思った訳よ。奴らの言葉を真似た議論を吹っ掛けられ、散々な思いをさせられたからね。嫌なわけよ。経験した側からすれば。クワバラ、クワバラって奴だけど、この言葉が使用される時は、間違いなく、自分たち好みの結論が出ていない。だから振出しに戻す事を厭わない。これは、間違いない。

君らにとっては煙に巻くように感じるかもしれないけれど”和”を考えて頂ければ、何時かは想起する事があるかも…って、期待しているのじゃないかな。

あの人らは、”普通は”を用いて、何かを相手に押し付けようとされて、次に手の内がばれると、”平等で”奴らの求める方向に相手を持って行こうと力技をかけて来る。さて、そろそろ手の内がばれてくると、今や別の言葉で、奴らが目指す具体像もない訳の分からない方向を導こうとしているように感じますがね。それに巻き込まれたくないわけ。だから、一文字で行くしかないと思ったわけよ。生活の知恵になるのかね?自衛策の方が正しいかな?」

余程、あの新聞や関連するメディアが嫌いな事は分かった。私は、そう感じた。話は戻そうと思う。私達にも、ご苦労様、頑張りましたね。私達も次に繋げるよう努力します。そんな気持ちで礼儀を通しなさい。と、院長として要求してくる。

あらま、よく考えてみたら、おもてなしの心なんて、うちにはどこにもありゃしない。

例えば「お大事に」の一言に気持ちが乗っていないと見れば、彼は小言を私らに言う。

人が人を診るんだぞ。俺ら診させてもらっているんだ。

その意識を持てとも言う。

そのスタイルを貫くと、病態把握に努めようとするか。

”でっ、待たせると言う事実に対し、

予約制と言うのも、見方を変えると歯科側にも都合が良い実際がある。なら、時間管理も技術のうちと捉える事にしたのよ。

病態把握も技術、時間に対しても技術と治療以外も技術と割り切る事にしたの。技術と思えば、ここをあるべき形態を決めて、そこに取り組めばよい。”

なるほど、院長は最初から葛藤しない条件を渡していたのか。

加とチャン”ぺ”。決めのポーズをお願いしたら、このポーズで返された。学会向けの資料を纏めていた最中、「咬合異常」について院長の見地を纏めていた際に声を掛けたら、加とチャン”ぺ”で、お返事が来た。この人、本当にそこまで深く考えているのだろうか?私の中では謎です。

今回はここまで。

読んでくださりありがとうございます。

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丸幸 礼子

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