単純にデジタル化と言っても、紆余曲折がありました。そんな話です。

デジタル化と言う言葉を使用する事は、容易いですが、実際の運用となると結構大変です。

正直、四苦八苦。正に「生みの苦しみ。」そんな表現を用いたくなります。

①一概にデジタル化と称しても、解釈は様々です。私はデジタル化を国が国策として、インフラの中に取り入れると表明した際は、私達の仕事の場合、こんな事が為されるのかと思っていました。予約システム、受付システム等、種々に紹介されている書物とか、雑誌媒体の世界の具現化を当院も目指すと、単純に思っていました。→院長の目は、別の世界を見ていました。

②クリニックごとに、その用意する手立てというのか品目?顔ぶれ?は色々、あるのだと思います。→院長は、クリニックごとの色合いを大事にしたいようでした。

うちの先生は、デジタル化という標識は、インフラそのものと捉えたようです。そして、新しいインフラを院内で、取り込むとなった時(国の方針からですが)医業に対してデジタル化なのか、医療に対してのデジタル化なのかと、まず2つに分けて整理を図ったそうです。お詳しい方が、読まれたら笑われそうですが。素人とは、そんなものです。(ハイ<m(__)m>)

こんな物まで個人レベルでもいるのか…

これを第一の箱として、先に準備しなければ、後になって(その必要に迫られる事が起き)何かを気が付いたとします。予め、そのシステムを構築させなければ、後に大事になる可能性がある。これが起きる事が、可及的に無いよう考えを纏めなければならない。ここを着想点にしないと、まずい(=後々面倒になるかもしれない)。そんな事を先に考えたそうです。専門職の方が読まれたら、鼻先で笑われると思いますが、私達のレベルはこんなものです。(だから、結構大変でした。(〃ノωノ))

ここを、まずは第1の着想点とされたようでした。

次に

と院内で対応する第二の箱を立体的に準備する事を考えたようでした。

唯、セキュリティに観点から、

院長は未だデジタル化に伴う電子カルテには躊躇しているようです。

フロッピーで、レセプトの対応をしています。ネットの回線上でトラブルが出たら、どうにも洒落になりません

この安全性が確立するまでは、流行り物は今は避けよう。これが、今の所、当院の指針としています。

むしろ、治療に活かすとか、クリニックの情報管理。その部分に、当院のデジタル化の目玉にしようと、院長は決断したのでした。(何処迄、目玉になるかは、私達次第だと思っています。)

今後、社会インフラとしてのデジタル化の進化が更に起これば、新たに整備する必要性が出るのでしょう。私達は素人集団が故に、今できる事は、今のうちに対応しておこうといった所なのでしょう。このデジタルインフラは進めば進むほど、素人には手が出しづらい物になる。このように、経験した私は感じています。業者主導と、働く人間主導の差と言えば良いでしょうか。表現するには、本当に難しい。

ですが、新たな展開、新たな局面を迎えれば、きっと、同じように、それらに対応することが迫られるのでしょう。唯、それが求められる時期は、個人の希望も含まれますが、当分先の気もしています。(結構大変だったので、そうあって欲しく思います。)

勉強会の一風景

ただ、振り返ると、現状のデジタル化のインフラ整備(ここは専ら院長が)、それに対応すべく(命じられた事から、発揮した私主導の)システム作り。システム作りは、結構多岐に亙って要求されます。それらの整備とクリニック内に変化を起こす事は、やはり私にとってはキツイ道のりだったように思い返されます。

システムが出来ても、ここの住人が対応できなければ、合理性と利便性を目的に整備したデジタル化により導かれる効果は発揮される事は無いでしょう。そして、結論を言えば無用の産物と化します。

それは、院長は絶対に認めません。苦労した私も、認めたくありません。更に加筆すれば、一言で済ませます。人の長年の経験”これも、厄介な壁でした。

考えてみれば当たり前ですが、働き方のスタイル変更を求める事になります。言うなれば、人の意識改革を行う必要が出て参ります。当然ですが、人の意識改革は、実は相当に大変な作業です。その指揮を執ってみて、しみじみとその大変さを噛みしめました。

院長に上手く乗せられ、T美先生の素敵なサポート、定期的なPCの勉強会の開催。

そして月1程度ですが、テレワークの実践。

私としては、院長以外の人間の意識を変え、適応すべく行動をとるよう協力を頂く。これは、正に忍耐と辛抱の繰り返しでした。院長は命ずるのでもなく、必要性すら皆に感じさせなさい。私からすると、私自身に無茶ぶりを振ってきます(要求をします)。どうせ、理解など出来ないから、理解させるのではなく、小さな目標を渡し、それを達成させなさい。その達成感を得た後に感じた事。これを、個々に大事にさせなさいと分かるような分からないような指示だけが渡されます。

唯、常勤組には業務命令として使いこなせるように成る事。使いこなせる基準は、個々のレベルによって違う事は尊重する。しかし、最後には現時点より高みに上って頂くと、抽象的な命令を出し、PCの勉強会の参加を命じます。目標は丸幸が、PC講師と共に決めますので、君らはその指示に従い出来るようになって下さい。

振り返ると、これが良かったのかもしれません。私が定めると言え、クリニックの求めるシステムは私が作り出したもの。だから、目標設定は私の企画で行える。上手く院長は考えた物です。そして、私はというと…乗せられて私なりの方法になりますが、PCの使い方を勉強する事となる。上手く考えた物です。(少し後述します)

他院で働く同士でもある衛生士さんの中には、デジタル化を勧めるプロジェクトリーダーになられている方が、もしかしたら、ご覧になっているかもしれません。

1つの形をなんとか作り上げた私としては、伝える言葉があるとしたら、以下の言葉でしょう。

1つ。あなたの心に対して、お伝えしたく。

1つ。環境の整備状況に対して、お伝えしたい。

あなたの心には、諦めるな!!と伝えたいです。諦めたら、進む物も進みません。

環境整備に対しては、1人で進め(ようとしては)てはダメ!!無茶だと、私は伝えたいです。

もし、丸っきり1人で行え!と言う命であれば、

相当に専門性があれば別ですが、毛の生えた程度の知識なら、今は時期尚早と断った方が良いと思います。

院長は命を下す人で、私を”ムッキー”と、相当に苦しめました。ですが、偉ぶる素振りとは別に、彼は別の顔も備えていました。気が付くと陰に陽に人脈と環境を、事前に準備していた。幼き当時の私からすれば、正に始めから、その事が起こる事を予知していたように、何らかの提供をうまいタイミングで常に私に渡します。

その出会い・出来事の連続から、やっと当クリニックの目標としていたデジタル化の運びの1つが完遂した。言葉にすると、実際は、これだけです。

長くなりました。今回はここまでとします。

よろしければ、時々覗いてください。アクセスが増えている事が分かると励みになります。

丸幸 礼子

人は自尊心を常に持ち(当然です)、経験を大事にします(至極ごもっともです)。デジタル化は、経験を一端向こうにおかなければ、その理解が特に素人レベルでは進みません。デジタル化に対し、無理に理解を渡そうとします。すると、変化の結果を経験したことが無いのに、今までの経験を否定するよう思う物。これが、デジタル化を素人集団に導入する際の壁になるのかもしれません。

そして、一番厄介な事は、経験を一つの拠り所にして、周りとの比較をされる事。これは、正に利己的解釈と権威を作り出す事になる。その上で、体面を守り正当性を無理くり作りだし、更には拒絶という行動選択になる。そう思います。こういう時に、平等という言葉は非常に便利です。皆が出来ない中、置いてきぼりの人間を作るのは、平等という視点でおかしい。この論説が、見事に当てはまります。論点ずらしという言い方も出来ますが、利己と権威の狭間を大事にする側からすれば、万能の言葉になります。そのように感じました。

この現象を院長は平等病と小馬鹿にしていますが、反対派の論陣を年単位で経験をし、そのすり替え論破に涙した側に立つ機会を頂戴したのが私です。(本当に平等という言葉を権威として使われる時、反論が中々出来ません。)だからこそ、分かることがあります。

これは利己と権威を前面に出さずに(否定する側が、提案者に対し)丸く収める上では、平等という視点を前面に出せば、実は否定・拒絶を渡す上では、至高に素晴らしい引導を渡す武器になり得ます。(だから、院長は平等病と小馬鹿にするのかもしれません。)

これをさせない為に、院長の準備は周到でした。但し、この種明かしが分かるまでは、私は泣いたり、怒ったり一人苦労を背負わされていた気がしてなりません。本当に環境作りを彼が、地道に行っていたと私が理解するようになるのは、時間が必要でした。確かに、時間の経過と共に、私が泣いたり、怒ったりという行動も減って行きます。振り返ると、それが確認できるから不思議なものです。本当に不思議です。

勉強会に参加する意志があるかを、一人一人に院長は確認します。己が出来るように成れば、クリニックが助かる。利他的捉え方の意思を確認をします。勉強会に参加しない意思も尊重します。公平な視点で、出来るようになれば手当として尊重する事を確認します。無論、クリニックの業務時間に行うから、勉強会を参加せずに帰る自由は認めるが、その分の給与は差し引く確認も併せて行います。

出ない側の気持ちを慮り自ら、出来ない側に立つ事は尊重しましょう。ですが、その意思を尊重する以上、働かない時間分は差し引く。この了承を求めます。働く人と先に帰宅する人では、公平の視点で働かない時間分の差し引きを行わないと問題でしょう。働き方を尊重する以上、それが給与に反映される事は仕方ない事の了解を求めます。減給ではなく、本来の働く時間に働きを見せない以上、その分を差し引くという理屈になるのでしょうか。彼は、労働契約書も当然書き改める事も宣言した上で、意味合いはT美産生に聞くよう、その時間も場所も用意します。今振り返っても、本当に用意周到でした。

平等を訴え、出来ない人間の事を慮る人間には、別の確認も行います。出来るようになった際、手当の反映は、半分を出来ない側に支給する事で、平等を担保するが、構わないか。慮る心を尊重して、勉強会に参加しない側であれ、平等の恩恵を渡す事を慮る人間に確認します。勿論、これは、断固拒絶されます。これは、平等ではない。勉強会に参加しない人に対し隷属か、服従している事になると思う。こういった具合に、拒絶意見が出ます。院長は、平然と返します。私は人でなしですので、これぐらいしか思いつきません。ついでに原資は限りありますので、配当率の話でしかありません。原資に限りある以上、あなたの愛の捉え方を尊重して、あなたから愛を送る事は悪くないと思います。半分を慮りたい人へ。半分を自分のご褒美にする。これはこれで悪くないと思います。正に平等です。働きが無い人へ働く人が提供する。うちは働かない人を養うほどの経営体力がありませんが、働きがある人が自分の手当を遠慮してその分、働きが無い人へ提供したいという意思を尊重しない器量の狭さはありません。

院長は、あなたの言う平等って、こういうものだと思いますよ。だから、手当の部分を折半しようという提案だけですが。あっさりしたものです。

事情を確認して、今ではないという参加しない側の意向は確認しています。それを尊重するだけで、公正な視点を持って私は判別していると思います。ですが、平等でないという論陣は、いまいち分からないので、折半をする事で、あなたの意向は尊重されると思います。あなたが4で相手が6という申し出も私は受け入れますよ。

良い人、理想な人と困った時は平等という集団には歓迎されると思いますよ。ですが、得てして平等と何時如何なる時でも唱える集団の人は、自らがその立場になったら、決して折半しない現実があると思いますがね。これ、私の偏見か勘違いです。

そうそう、今でないという時期が終わり、その人に対し、挽回する自由も、取り返す自由も私は認める。そんな報告と確認は終えていますがね。

趨勢は決まります。あれだけ、PC勉強会を嫌がっていた集団が変わります。病態の勉強会で、勉強会をする意義を身体で覚えさせ、勉強会自体は必要な事。これを、彼は何年にも渡って私達に伝えて来た。決して、全面にこの事を訴えたことは無い。知識が膨らむ結果、臨床が変わる経験の積み上げがら、私達が勉強会に対するアレルギーの敷居が低くなるように彼は計算をしていた。記憶というのは虫が良い。記憶に間違いが無ければ、L星という企画をT美先生が院長に持ち掛けた辺りから振り返ると、何かを院長は始めだした気がする。”え~ぼし”か、とんでもない”え~”感じをあの人はこの組織に求めるな。”え~”感じなんて、そう簡単には出来んぞ。だって、お前ら国語力ないじゃないか。国語力が無い人間が、国語力が備わらない所から組織を作る。無茶ぶりだよな。泣きそうな苦笑いをしながら、T美先生の企画を受ける事にして鼻息を荒くしていた私に対し院長は呟く。何故か、そのシーンだけは前後の会話すら覚えていないのに、鮮明に覚えている。私は医局のロッカー側に立ち、院長は対面の椅子に座らず、机に身体を預け、首はというと下にしなだれ、床に膝を立て祈るように手を合わせていた。そして、ようやく首を挙げたかと思えば、絞り出すように私に向かって、先の台詞を呟いていた。確か、その時、私はこんな台詞を吐いた気がします。

「私は頑張りますので、院長も協力してください。」

権威を翳(かざ)しての対義語は民主的な方法となるのでしょう。院長は、見事に民主主義的な方法で全員に意向の確認を行った。確かに、彼が全てに全面に出たら、強引に引っ張らないと行けない分、軋轢が生じたのかもしれない。私を前面に立たせる事で、軋轢が出にくいよう配慮をされていたのかもしれない。上に立つ事を嫌がり、責任が生じそうな時は、全てを院長に被せていた。

低空を飛ぶスーパーマンに俺をしたいのか。言葉を選ばんぞ、一部しか解決できないけれど、高い大空を舞う院長であって欲しいのか。それは、お前が決めろ。但し、低空しか飛べないスーパーマンは解決能力は低いぞ。高い位置から確認できないから近視眼的になる。中々本質を気付けない。選べ。責任を持つ事を逃げ続けて来た私が、逃げ切ろうとする際に必ず院長に言われてきた捨て台詞になる。

院長が、院長全という態度だけしか取らない環境になった時、彼は利己か利他かその確認以外行う必要はなかった。そして、どちらも尊重する宣言をした。但し、公平な視点で評価の基準を示しただけだった。公正な視点に関して言えば、勉強会の整備を行った。そして、勉強会を効果的に進める上で、責任者を用意した。私には、責任の意味合いを理解し覚悟が決まるまで、ひたすら”ごっこ”にも付き合ってくれた。責任者の意思の共有からしか始まらないという当たり前の事を、私が自分の意志を固めるまで彼は待っていた。言葉にすると、こんな所なのでしょう。

利他を慮り、民主主義の重要性の理解を彼は、唯待っているだけなのかもしれない。それが分からなかった。平等と言えば全てが解決すると思う風潮が相当に嫌なのかもしれない。現実は(生きる限りは、成長を続けないと行けない以上。心の部分と思って下さい。)厳しさから始まらざるを得ないのだろう。その現実を否定し、あり得もしない甘えが認められるように魅せる平等というマヤカシの流行りに、彼は相当に苦々しく思っている気がします。医療は日々日進月歩の側面もある分、成長云う側面には敏感にならざるを得ません。この仕事の性格とでも承知ください。

そして、PCの勉強会は滞りなく今も進んでいる。あの葛藤の日々が嘘みたいに感じる。

そういえば、先ごろ事件が起きた。彼は始めて口を開いた。

うちの甘さが出た。私だって限界があります。全ての患者に気を配れるわけではない。君らの意識が重要です。君らも私に依存するのではなく、ホスピタリティーの意識に立ち返らなければ。カンファレンスを近々、このクリニックに取り入れたく思います。

きっと、彼独特の根回しがおそらく私と一堂に始まるのだろう。反抗期を示す事は、今回は避けたい。でも分からない。カンファレンスだから、都先生にも何かが行く。彼も国語力から縁遠いしな…同時に、このキーマンの一人がゴンザレスなのかもしれない。(プレッシャーが渡されるのはゴンザレスだけじゃないのに、私だけと思わせるのが、自尊心。いえ、正確に言えば我になるのでしょうけれど…院長は、一言。幼いで済ませますが。私にはそれが、申し訳ない。)

「先に予見しておきます。あなたは、これから僕の言葉に対し、受け止め方を一言で表します。きっと、攻撃的と思われるでしょう。ですが、私の意思は、攻撃をする意向はない。この事を先に報告します。これを、予め承知してください。分からなければ、付け足します。小姑のようで、私が嫌になる可能性があります。この経験は、さんざん丸幸がされています。分からなければ、丸幸に聞くと良いと思います。攻撃する意志で何かを伝える訳では無い事を。」

私達は本当に国語力が無い。エレーナは攻撃的の”的”を”敵”と読み取り、私は院長から敵と思われたのですか?こんな質問を一堂にしていた。そして、一堂も言葉に窮していた。「言葉が強くなるという表現では駄目なのですか。」そんな事を院長に言っていた。受け止め方の予告編だと院長は返したそうです。入局して3か月目に入り、戦力として育てますよという、見方を変えれば嬉しい言葉なのに、的を敵か…挙句には、エレーナは反論をしようかと思っていたというから、私達は本当に国語力が弱い。

期待の裏がえしという意味が取れない。一堂にも、エレーナにも短歌には色々な意味合いを入れるでしょ。不死と富士をかけたり、と院長は伝えたようです。知りませんでしたと、ゴンザレス。落語でも聞いて日本語の粋を研究しなさいと、院長は申し送るしかなかったようです。私も、一堂も、落語を聞けと散々言われています。

仮にエレーナが反論をしたら、”一昨日来やがれ”か”出直して来い”と、本当に相手にはされなかったでしょう。

もしかしたら、カンファレンスの意味合いを私達は(何時ものように始めてもいない内から)勘違いしているのかもしれない。私達は本当に国語が弱い。

でも一つ分かった事があります。どうやら、新しい章が始まるようです。

 

 

 

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