多様化という言葉で、踊らされる時

急遽、何かを紹介する事となります。

ハーバード大学のショシャナ・ズボフ氏は、現代の社会か?これを一言で表した。『現代は、監視資本主義である」彼女の説によれば、「企業が私たちの個人情報を収集して金儲けにつなげる」、これを監視資本主義という。

実際、何の疑いもなくGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のサービスを受け入れている。或いは、利用している。同時に、何時しか、彼らのサービスは私たちの個人情報の深い部分まで関わっている事実は忘れては行けない、そんな側面もある気が、アタシはしています。

便利になったという捉え方がある一方、個人情報の保護をこれだけ拘るに関わらず、実際は、相当の個人情報を自らの意志で自らの事を提供している。そんな側面が、反面としてある。そんな感覚を憶えます。

住所、年齢、氏名は問わず、学歴・職歴・思考・趣味・嗜好・関心・興味・行動・病気・(もしかしたらその時の)心理状態・人間関係・金融資産・仕事の様々なデータ・(場合によっては)プライベート写真等と、利便性を求めれば求めるほど、何時しかうまい具合に全てが把握されてしまう。GAFAは、気が付かない内に丸裸にしている。

これが、今の社会だから、受け入れるべきだろうという捉え方と、現代社会の波には乗らないという捉え方があるでしょうが、実際は、デジタル庁が出来る事が決まっている。そうである以上、波に乗らないという発想自体、これは成立しないとあたしは考えています。

寧ろ、社会が発展する事実を、受け入れる事が妥当なのでしょう。

これを、診療後院長は分析に入ります。

 

ですが、先の話の続きではないのですが、悪の声しか届かない環境が続く可能性。ここに注意と払うべきではないかと考えるようにもなっております。

『生きる為に働く』これは、昔からあった価値観になります。寧ろ、何時を昔と称せば良いのか分かりませんが、『生きる為に働く』と、『食べる為に働く』が同列の意味を持った時期があった。

しかし、先進国になればなるほど、情報が高度に扱えるようになればなるほど、この二つの言葉の持つ意味が分裂していく。そして、それを正当化するが如く、多様化と言う言葉が、鎧として纏わり始める。

そんな事を考えています。多様化という捉え方が先に鎧になれば成る程、内なる心に秘める悪の声が自らの考えを何時しか(適切かどうかは別に)正当化を始める。この正当化が厄介という事実、病魔というならばきっとそうなのでしょう。この病魔が、視野を狭くし、視野という意味ですら魔王が歓喜の声を上げたくなるが如く、変化をさせる可能性もある。

そんな事を考えたりもします。今回は、ここ迄としたく思います。

 

 

 

 

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